店主は気まま、客は我がまま。そんな気楽な銀座のBAR。でも、それでいいんじゃないの?

ダグラスレイン社ラフロイグ6年

「ちょいとおまえさん、あんた何か酒臭くないかい?」
「えっ? 何言ってやがんでい。酒は止めるって言ったじゃねーか(前回、ブナハーブンの投稿参照)」
「いや、絶対酒臭いよ。あたしの鼻っ先に、ハーってやってごらん」
「スーっ」
「吸ってどうすんだよ。ほら、ハーだよ、ハー」
「うるせーうるせー、ガタガタぬかしてっとひっぱたくぞ」
「じゃ、ガタガタいわしてやる(ガタガタ、ガタガタ)」
「あっ! おめー、そんな床板っ引っ剥がさなくっても、、、おい、止めろ、お腹の子にさわるだろ」
「ほーら、出てきたよ、、、おまえさん、こりゃ何だい? ラフロイグ6年、しかも62°、リフィルバーボンバレル、、、熟成が若い割には随分高そうなやつじゃないか」
「いや、てーしたもんだ。大分ウヰスキー詳しくなったな」
「何感心してんだい。何年あんたの女房やってっと思ってんだい」
「いやー何だなー、、、だからさー、お腹の子が若くて元気で生き生きと育ってくれます様にってな、このラフロイグみたいによー、、、願掛けだよ、願掛け、、、神様にゃーお神酒供えるだろ?」
「何もあんたが飲む必要はないじゃないか」
「まー何というか、ついでだよ、ついで、、、って、テメー、おいこら、何してやがんでー」
「(ぐびぐび、ぐびぐび)」
「おい、止めろ止めろー。もったいねー、、、じゃなかった、お腹の子にさわるじゃねーか。止めろったら(バシッ)」
「ウッ、ウッ、ウウウー(泣く)、ウッ、ウッ、ウウウー(苦しむ)」
「えっ? おめー、どうした? えっ?」
「あんた、産婆さん、、、」
「えっ? 産まれそうなのか?」
「あんた、産婆さん、、、」
「だから言わんこっちゃねー、ウヰスキーらっぱ飲みなんかしやがるからだ。ちょっと待ってろ、すぐ呼んできてやっから」

「はいはい、わたしゃ産婆ですよ。産婆が来ましたよ」
「産婆さんよー、そんなとこ突っ立ってねーで、早くこっち上がってくんな」
「はいはい、年寄りをそんな急かすもんじゃありませんよ」
「で、どうなんだい? 産まれそうなのかい?」
「そうだねー、今日は長い夜になりそうだよ、、、えっ?、何々? どうしたんだい? うんうん、よしよし、分かったよ。安心おし」
「えっ? 女房のやつ、何て言ってんで?」
「お産の間、あんたが酒飲むといけないから、取り上げてくれって」
「冗談言っちゃいけねーぜ。あんた産婆だろ? 取り上げんのは、酒じゃなくて、赤ん坊じゃねーか」
「悪あがきはよして、あたしに寄越しな。その、吉原に行く、って酒を」
「はっ? 何言ってやんでー。どこをどうすりゃ、ラフロイグが吉原に行く、って聞こえんだよ」
「えっ? そうだったかい? 何かあんたの顔見てるうちに、そんな感じがしたんだよ」
「ふざけるねー、テメーなんかに寄越してたまるけー」
「いいから寄越しな。あんた、これから父親になるんだよ。産まれてくる子に、そんな女郎買いの姿、じゃなかった、そんな酒飲みの姿、みっともなくて、見せらんないよ」
「、、、」
「悪いことは言わないよ。こんなしっかりした奥さんと、産まれてくる子供のためじゃないか」
「、、、最後に一口だけ?」
「あんたも往生際が悪いねー、あたしの目の黒いうちにゃー、好き勝手はさせないよ。あんたが立派な父親になったときに返すから、今はわたしに渡しときな。ほらほら」
「よし、分かったよ。俺も男だ。こん酒、あんたにくれてやらー」
「わたしゃー、もっと癖のあるアードベックが好みなんだけどね、、、じゃ、くれるにしろ、なんにしろ、ちゃんと受け取ったからね、、、奥さん、聞いてたかい? 安心おし」
「しかし、産婆さん。あんた、ただもんじゃねーな。さっきのさ、あたしの目の黒いうちにゃー、なんてさ、なかなか言えねーよ」
「年取ると、あっちこっち、つい説教しちまって。あたしの目の黒いうちにゃー、が口癖になっちまってね。で、ついたあだ名が、目黒の産婆(サンマ)さ」