「おっ、八じゃねーか。久しぶりだな」
「熊のマスター、略してクマスター、なかなか顔出せなくて、すまねーな」
「そういや、おめーんとこ、子供産まれたんだってな。男の子? そうかそうか。そりゃ目出てーや」
「そんなこんなで、ゴタゴタしちまって、おめーんとこの酒場にも、足が遠退いちまって、、、」
「そんなこと気にすんねー、、、って、なんか浮かねー顔してんな。せっかく子供授かったってのによ。で、名前は何てつけたんだ?」
「それなんだよ。なかなか決まんなくってなー。さっきも、うちのかかあと、あーでもねー、こーでもねー、家主も口出しゃ、産婆も口出してきやがってよー、どいつもこいつも、しまいにゃ大喧嘩よ」
「そりゃ、てーへんだったな。まあ、げんなおしに、一杯やってけ、、、って、ダメだ、ダメだ。おめーにゃ、飲ましちゃならねーって、、、そうだった、うっかり飲ましちまうとこだったよ」
「えっ? なんだそりゃ? 」
「おめー、知らねーのか? おめーの日頃の行い(過去投稿をご参照下さい)を案じた、おめーのかかあが町内の回覧板で、八には絶対飲ませないようにって、、、」
「あのやろー、そうかそれでかー、ご隠居んとこ遊びに行っても、茶しか出てこねー、、、なっ、クマスター、頼むよ、一杯だけ、なっ。何もボトル一本寄越せって言ってる訳じゃねーんだ、なっ、ほんのお湿りてーどで構わねーんだからよ、なっ、なっ」
「気持ち悪りー目すんじゃねーや。犬っころじゃあるめーし。分かったよ、分かった。せっかく子供も産まれて、目出てーんだ。お祝いにウヰスキー、一杯だけご馳走してやらー。これだよ、これ。今日入ってきたばっかなんだがな」
「何々、オークニー2007、11年、リフィルホグスヘッド、56.2°。ハンターレインの子会社、エディションスピリッツ社のやつかー。オークニーつっても、オークニー諸島には確か蒸留所は二つあったよな?」
「おっ、さすが詳しーな。だてに、かかあの目盗んで呑んだくれちゃいねーな」
「余計なお世話だよ。で、スキャパとハイランドパークのどっちなんで?」
「まだ、開けちゃいねーからな。ただ、輸入業者さんの案内状にゃ、北の巨人といわれ、ほんのり燻煙臭とある」
「じゃ、あれじゃねーか」
「そう、あれだよ」
「ほんとにいいのか? ご馳走してくれんのか?」
「俺も男だ。二言はねぇ。おめーの子が、このウヰスキーにあやかって、巨人のごとく立派になります様にってな」
「いや、そこまでデカくなんなくても。飯代大変そうだし、、、まあ、何はともあれ、礼を言わせてもら、、、」
「止めろい、止めろい」
「えっ? どうしたんでー。礼ぐらい言わせてくれたってよー」
「おめー、あれだろ? ウヰスキーのオークニーにかけて、おおきにー、って洒落込もうとしやがったな。何? 違うだ? しらばっくれるねー。てめー、ツラ、赤くなってんじゃねーか。何? 酔っちまっただと? まだ、ボトル、開けてもいねーや。このやろー、言うにことかいて、おおきにー、オークニー、おおきにー、、、」
「いや、だから、まだなにも言っちゃいねーって」
「いいかい、八よ、よくお聞き」
「だから、そのご隠居みてーな口調は止めてくれ」
「いいから、黙って聞きやがれ。いいか、俺が江戸っ子だからまだいいものを、これがな、もし、俺が上方の人間だったら、おめー、袋叩きにあってるとこだぞ。上方の人間てななー、江戸っ子が冗談めかして言う上方言葉が一番癪にさわるらしいからな」
「脅かしちゃいけねーや」
「バカヤロー、ほんとのことなんだよ。大阪の陣ってあっただろ?」
「あー、あの徳川が豊臣をやっつけちまったってやつ?」
「そう、それだってな、事の発端は、徳川家のどいつかが、豊臣家のどいつかの前で、ふざけて上方言葉しゃべったかららしいじゃねーか」
「冗談言っちゃいけねーや。そんなな、徳川家のどいつか、なんて言い方がな、もう冗談に決まってるじゃねーか」
「バカヤロー、国家機密だから、どいつか、ってしか言えねーんじゃねーか。おめー、上方の人間の怖さ知らねーのか? 俺の知り合いがな、この間、そっち旅行したんだけどもよー、そら、ちょっと想像を絶する凄さだったんだとよ。お好み焼き食おうとして、飯はいらねーや、って言ったとたん、店から叩き出されて、次の串カツ屋じゃ、ソース二度付けしようとして、隣の客から『あんさん、命惜しかったか、二度付けはあきません』って、、、命からがら逃げてきたんだとよ」
「おいおい、そんなに怖えーとこなのかよ」
「だから、言ってるじゃねーか。おおきにー、なんてよ、気安く上方言葉使うんじゃねーぞ」
「けどよー、こっちだったら、使っても問題ねーじゃねーか」
「あかんあかん、、、あっ、こりゃーな、おめーがこっちの人間だと分かってるからな、まあ使ったまでのことよ。なんせ、江戸の雑踏に紛れてよ、上方の奴ら『江戸っ子の上方言葉撲滅に資する使節団』ってのを送り込んでるって噂らしいからな」
「おいおい、物騒な話じゃねーか。そんな奴ら、どうやって見分けるんだよ」
「何でも、着物はヒョウ柄で、飴もって歩いてるらしいがな」
「おいおい、いい加減なこと言うねい。闇の使節団が、そんないかにも大阪でっせーって、そんな格好で歩いてるわきゃねーじゃねーか」
ガラガラガラー
「じゃまするよー」とお客様ご来店
「あっ!」
「なっ!」
「クマスターよ、なんか話が出来すぎてやしねーか」
「聞く手間が省けていいじゃねーか、お国(オークニー)はどこ? ってな」
「なんだい、おめーが洒落てんじゃねーか」