エレベーターのリニューアル工事終了はお伝えしましたが、続・エレベーター事件。
19世紀のフランスの作家、ゾラの『ナナ』はご存じですか? ちょっと前の『居酒屋』で、主人公の洗濯女ジェルヴェーズとブリキ職人クーポーとの間に産まれ、極貧の少女時代を過ごしたナナ。
『ナナ』は、その後、類いまれなる美女に成長し、女優かつ高級娼婦として生きる彼女の物語です。
そんな彼女に惚れちゃったミュファ伯爵。厳格なカトリック教徒である彼は、肉の喜びに嫌悪を感じつつも、ナナの魅力には抗えない。一度は、そんな、年取っても女にうぶな伯爵への同情心から体を許してしまうナナですが、すぐ袖にしてしまう。(日本の花魁なんかもそうですが、金だけがモノをいうわけではないのです)
しかし、その後、どん底まで落ちたナナ。復活にはどうしても伯爵の援助が必要だ。劇場舞台裏の楽屋で久しぶりの再開となるのですが、楽屋までの階段を、期待、焦燥、不安、、、一歩一歩進んでいく伯爵。この辺りのゾラの筆は冴え渡ります。
そして、とうとうあいまみえ。
ここからのナナの駆け引き。自分から頼むんではなくて、あくまでも、相手が援助を申し出るようにもっていきます。だてに金持ちを手玉にとってきたわけではありません。流石だ。百戦錬磨。あくまで高飛車です。それも、圧倒的な自分の肉体に自信があるからこそ。
と、前置き長くなりましたが、続・エレベーター事件です。
リニューアルも完了した昨日。
コンコン(ノックの音)
「はーい?」という僕の返事のあと、あの建付けの悪い扉を一生懸命に開けて入ってきたのは、天敵、大家代理の管理会社の社員。
「この度はエレベーターで、ご迷惑をおかけしまして、、、」
「あー」と、気のない返事を返しつつも、ふと目に入ったのは、彼が携えている白い紙の手提げ。
そこには小川軒の文字が。もしやそれは、僕の大好物、小川軒のレーズンサンドではないかしらん。
いかん、いかん、ナナを思い出せ。あくまで高飛車にいかないと、なめられるぞ。物欲しそうな顔を見せちゃならねぇ。一旦断って、どうしてもって言うんなら、というか、どうしてもって言うだろうが、それならもらってあげよう、こうもっていかなくちゃいけない。(この思索の間3秒)
「あのー、これはつまらないモノですが、、、」
「いらない」
「、、、そうですか、では失礼いたします(ガチャ、バタン)」
えっ、ちょっと待っておくんなさいよ。なんでそんなアッサリもって帰っちゃうの? あなた、多分僕と年齢変わんないよね。日本で何年と生きてきて、そこはかとない、この日本的なやりとり、そんなことを学んでこなかったの?
あーあ、レーズンサンド。夢に出そうなレーズンサンド。
おまけ
そして、エレベーターも再稼働した金曜日。なのに暇。それでも、ポツポツとはご来店あり、、、
「↑というとこで、レーズンサンド食べ損なったんですよ」
「レーズンサンドもいいけどね、あなた、ちゃんと補償金もらいなさいよ」
「補償金ですか?」
「そうよ。他のバーで聞いたんだけど、工事の影響で、このくらい売上減ったって言えば、もらえるらしいわよ」
「そんなもんなんですかね?」
「そうよ。ちゃんと聞いてんの? イライラするわね。だって、キャンセルとかあったんでしょ?」
「そりゃありましたけど、、、何かめんどくさい、、、」
「あー、イライラするわね。ただでさえ、こんな暇な店なのに」
「、、、、、、」
「あー、ほんとにもう。あんたが私の亭主だったら、ひっぱたいてるとこだわよ」
夏目漱石作『三四郎』の主人公、三四郎は、ひょんなことから、ある女性と同じ屋根の下で一夜を過ごすのですが、何事もなく過ぎた翌朝、彼女から一言、「意気地のない方ね」。
三四郎よ、三四郎、僕と肩を組もう。今宵はおおいに飲み明かそう。そうだ、ナナの話をしようじゃないか。彼女の手練手管も僕らには通じまい。
ニッポン男児をなめんじゃないよ。