本日は新宿シネマカリテで、ロベール・ブレッソン監督の初期作品『田舎司祭の日記』(51) デジタルリマスター版を鑑賞です。70年の時を経て劇場初公開、とうたわれております。
同館では作年末にも『バルタザールどこへ行く』(66) と『少女ムシェット』(67) が上映されまして、何かブレッソン祭りだね。
タイトル通り、ある田舎の教区へ赴任した若き司祭が、村の人々との交流の中で、そのままならぬ想いを綴った日記を基にした物語です。良くも悪くも汚れ無き自身の実直な性格と、病からくる焦りもあるのか、村人にとっては厄介な存在に、、、
原作があるのですが、それは読んでませんのでおいといて。
田舎の人たちの狡猾な感じはモーパッサンの短編なんかでもよく描写されていますね。
そして、聖職者や信教者の俗な言い方をすればお節介は、モームの『雨(レイン)』とかメリメの『アルセーヌ・ギヨ』とか。
それなんで、この映画も話の流れはよく分かるのですが、キリスト教徒でない僕には、でなくても少しぐらい知識があるならば、もう少し奥深くまで理解できるのではなかろうかと。
これは本読んでても度々思うことで、やっぱ聖書とギリシャ神話には、少しぐらい触れとかないとダメだねと。少しぐらいってのが、また知識の無さの傲慢さかもしれませんが。
無駄のないきっちりした作り。前半は日記をペラペラ捲るごとく、少し早めの場面転換。中頃から少しずつゆっくり目になり、それと共に司祭の苦悩も画面からジワーっと滲み出る感じに。
司祭が病の診察の後によった食堂で、一杯の珈琲を飲んだときの映画中唯一の笑顔と、苦痛で道に倒れこんだときに、手に負えなかった少女から介抱された場面で、少しホッと。