引き続きシネマヴェーラ渋谷で開催されています「素晴らしきサイレント映画」特集に出掛けまして、本日はアメリカ映画を二本、『都会の女』(30) と『殴られる彼奴』(24) を観賞です。
製作国はアメリカではありますが、監督はそれぞれ、今回三作品目の観賞となるサイレント時代のドイツの巨匠F・W・ムルナウと、あのベルイマンも尊敬するスウェーデン映画の父ヴィクトル・シェストレム(ベルイマンの『野いちご』では俳優として主演も)。
『都会の女』は、収穫した小麦を売りに都会に出てきた青年がウェイトレスのお姉ちゃんに出会い結婚、父親らと営む田舎の小麦農場に連れて帰るんだけど、父親の猛反発に合い、さて、どうなるやらの物語。
お父ちゃん一人説得できない弱気な青年、あー、観ててイライラする(このチャールズ・ファレルは今特集にもある、お涙頂戴の『第七天国』(27) なんかにも出てまして、こんな感じの青年役にはうってつけですね)。
しかし、このイライラ、ハラハラ、そして分かりきったハッピーエンド、これじゃないと、アメリカ映画関係者、ひいてはアメリカ国民は納得しないんだろね。あーあ、可哀想なムルナウ。
それでも、映画の短評にある通り、小麦畑のシーンの素晴らしさには圧倒されました。さすが、ムルナウ。
そして、『殴られる彼奴』です。前回のサイレント映画特集でも上映されてて、同監督作の『霊魂の不滅』(21) があまりにも素晴らしく、これも、と思いながら何故か観ないままに、、、なにやってんだよ、なんで観なかったんだよ。そのぐらい、ビックリの素晴らしさ。イヤー、凄い。
この道化、ピエロの哀愁。人を笑わせ、人から笑われ。しかし、心の中の真の感情を誰が見抜けよう。観客が笑えば笑うほど、腹を抱えれば抱えるほど、その哀愁が僕の胸をますます締め付けるのです。
これまた前回のサイレント映画特集で観た、同じく道化、ピエロものの『笑ふ男』(28、原作はあのユゴー) と感じたこととまさしく同じ。
しかし、最後にハッピーエンドとなる『笑ふ男』とは対照的な悲劇をどうしたものか。長い長い余韻。人生とは何か、愛とは何か、真の幸福とは何か、、、
