渋谷のユーロスペースで開催されていますイランの巨匠キアロスタミ監督のデジタルリマスター版特集「そしてキアロスタミはつづく」に出掛けまして、本日は『桜桃の味』(97) を観賞です。
桜桃と云うと、太宰治ですが、キアロスタミが示すちょっとしたユーモア、ちょっとした幸福って、最近、深夜に読み直している(何回目だろう?)井伏鱒二なんですよね。
ちょうど今、『駅前旅館』に差し掛かったところなんですが、記憶が正しければ、どっかの一杯飲み屋で、日本酒のアテに、懐から自前の塩辛を取り出して、ペロッと一口、そして、酒をクピーって、、、こんな幸せがありますかね? これこそ、あー、生きてるなーと。
そして、若い頃に絵を志したのも共通項目であり。
映画の終盤、ラストシーンのちょい前、夕日に照らされた街を見下ろす、高台に佇む主人公の後ろ姿(ついでに猫もチラッと)。まさに、一幅の絵画のような。
このシーンだけで、あー、この映画を観てきて良かった、そう思えまして。
人は土から生まれて土に還っていく。そのつかの間の生命。とてつもない大金を手にしたとか、そんなことではなく、スーパー覗いてみて、好物の柿が、旨そうな柿が鎮座マシマスその姿を目の前にして、あー、生きるってのも捨てたもんじゃないなーと(今は桜桃の時期じゃないからね)。