店主は気まま、客は我がまま。そんな気楽な銀座のBAR。でも、それでいいんじゃないの?

またまた小津特集

戦争が終わっても、その余波は多くの人を惑わす。
なぜ、こんなにも苦しい思いをしなければならないのか。

瓦礫と化した街並みも、その悪しき商売も、貧困、配給、その他もろもろ、戦後のすべてを飲み込み林立するビル群、現東京よ。

いまだに女が女のイロハで生き、それに群がる男たち。
我々は豊かになったのだろうか。

と、本日も神保町シアターで開催されています、白黒の小津安二郎フィルム特集に出掛けまして、昭和23年作品『風の中の牝雞』(48、松竹大船) を観賞です。

主演は佐野周二と田中絹代。
佐野周二はともかく、田中絹代ったら溝口健二ですよね。でも今回は小津作品。
あのボクトツとした台詞回しからその佇まい、なんか違和感、いやそれは小津作品だから当たり前。
しかし、この不条理極まりない受難に次ぐ受難。
物語が進むにつれ、以前僕を感動で丸包みにした溝口作品『西鶴一大女』を彷彿とさせ。

なんだろう、田中絹代って。痛めて痛めて、痛め尽くして。美味しい野菜炒めの鉄則、これでもかの強火で痛めつけたくなる女優なのだろうか。
ラストの、佐野周二の背中に回した手が、左右の手が、徐々に徐々に近づき、そして一体となり。

あー、平和とは、幸せとは、そんなちょっとしたことで足りるのかもしれない。