店主は気まま、客は我がまま。そんな気楽な銀座のBAR。でも、それでいいんじゃないの?

ブニュエル特集『自由の幻想』

角川シネマ有楽町で引き続き開催されています、ルイス・ブニュエル監督の後期フランス時代の特集。
本日もまた出掛けまして、『自由の幻想』(74) を観賞です。

う~ん、なんだ炉なー。去年観た『銀河』みたいなテイスト。笑えるっ茶、笑えるんだけどね、、、

自由の国、フランス。何もフランスに限らず我が国を含め、いわゆる先進国と云われているところでは、もちろん、人民は自由であることが当たり前。イデオロギー的にはね。

しかし、もっと単純な意味での“自由“はどうなんだ炉ね? 多分持て余すと云うか、耐えられないよね。
だから、ほとんどの人は自ら“足枷“を求める。家庭とか職場とか何らかの共同体とかね。

そう考えていけば、近世の封建的な世も、そうであったからこそ、元来怠け者な人間が飢えずにすんだとも云えなくもなし。
本来的な自由ってものを享受できるのは、芸術的創造者のみのような気がするし、俗人にとって、本当に自由ってのはありがたいものなのかな?

そして、やることといったら、“自由“なお喋りばかりなり。現代においては、ネットでのあーだコーダもできるしね。
ちょっとでも突出しようとする人が出てくれば、足を引っ張り、でも、そんな行為も大衆とか世論とかのカゲに隠れてしまって、誰ともつかず、言いたい放題。

現代の悲劇の一つは、自由をはき違えたところにあるような気がするね。

「本当に黙っていることの出来るものだけが、本当に語ることができ、行動することができるのだ」(by キルケゴール)

人が饒舌であればあるほど笑える。そんな映画でゴザンシタ。